これでは大学受験戦争に勝てるはずがない

子どもたちの意見を代弁すれば、こうなります。「覚え方なんて、教えてもらわなきゃわからないよ」「復習って教科書やテキストをぱっと見るだけじゃだめなの?本格的にやる必要があるなら、ちゃんと授業とかで教えてよ」「復習の方法なんて言われなきや分からないよ!ちゃんとそこまで言ってくれないとわかりません、っていうか、第一、予備校に通っているのに成績が上がらないのが、マジ一番意味がわからない!」こんな発言を聞いてドン引きする方もいらっしゃると思うのですが、放置しても子どもさんの成績、生徒さんの成績は上がりません。大学受験戦争に勝てるはずがないのです。復習の方法まで、知識の覚え方まで、日々の宿題の範囲とそのやり方まで、手取り足取り指導してくれる講師に出会わない限り成績はあがらないのです。

できない生徒の指導に熱意を注ぐ

できない生徒の指導に熱意を注ぐ個別指導塾の講師こそ信頼するに値し、指導力がある講師であると考えます。なぜならば、できない生徒ややる気のない生徒を指導することは難しく、多大な労力が必要だからです。できる生徒はどんな教え方をしても理解し、どんどん吸収していきます。少々教え方が拙い講師でも、塾が用意した教材を参考にして自分で理解できるのです。そして予習も復習も宿題もきっちりとこなしてきます。尻を叩かなくても自分で机に向かい、問題を片づけるのではなく、じっくりと取り組むことが自然にできます。質問があれば必ず聞きにきます。こういう生徒は、問題集を与えてほっておいてもいいくらいなのです。
四谷学院の55段階個別指導

伝来の古典的技法を高校に奪われた

高校では入試問題の正解とは直接関係がなくとも、このように教科の本質に横たわることを教えた。そして大学入試問題の正解を出す技法は予備校が教えた。贅沢すぎる教科の知性を身に纏った生徒を相手に、問題解法の技術を伝授する時こそ、予備校講師の至福の瞬間であった。数学ならば、こういう手もある、こういう手もある、といくつもの別解を手品のように出してみせる。そして最後にこれが一番エレガントな解法だ、という切り札を出してみせる。生徒たちは熱狂して拍手を送る。あの夢のような分業の日々は消えてしまったのか、と教務部長は考える。それは高等学校の先生方のせいではない、すべてはあのベビーブームのせいだ。先生方も嵐の被害者なのだ。教科の本質的授業などやっていては昨今の入試競争には勝てない。勝てなければPTAや県教委から叱られる。だから手っ取り早く入試に対応するために、正解発見の授業に走らざるを得なかったのだ。予備校のお株を奪わざるを得なかったのだ。予備校の講師たちこそ、とんだとばっちりを食ったものである。その上にあぐらをかいていた、伝来の古典的技法を高校に奪われてしまったのだ。それでも授業料をいただいている以上、生徒の学力を上げねばならない。そこで考え抜いた末、高校でなおざりにされた唯一の隙間、教科の本質的授業に走らざるを得なかったのである。

読む力が総合的な英語力の基礎になる

日本で開かれた国際学会のときに、ある同時通訳者と話をしていて、その人が『英和中辞典』(研究社)しか持っていないとわかりました。私は彼女の豪胆さに感嘆してしまいました。会議が始まって、通訳の内容を聞くまでもなく、その人の力量が推測できたほどです。実際、プロとは言えないほどお豺L末な通訳でした。辞書を買うことほど重要な先行投資はないと私は考えています。まず最初に、英語をなるべく速く読むためのコッについて説明しました。最近のようなインターネット社会になってくると、英語の情報が氾濫しています。その中でインターネットの情報ばかりでなく、氾濫した情報の中から自分にとって価値のある情報を手に入れるためには、かなりのスピードで英語を読む能力が、今後ますます要求されてくるはずです。そして、大人が英語を勉強しようとする場合には、読む力が総合的な英語力の基礎になるというのが私の持論なのです。